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高 年 齢 者 の 労 働 災 害 防 止 の た め の 指 針の読み解き

スタッフブログ

2026.03.07

―リスクアセスメントを中心とした実務的考察―

1 指針と留意通達の対照整理

 まず、本指針の理解を深めるため、指針本文と厚生労働省労働基準局長発出の通達(令和8年2月10日付け基発0210第1号)の内容を対照させ、主要項目を整理した。両者を併せて確認することで、制度設計の意図や実務への適用の方向性が一定程度明確になる。その結果、指針の構造は以下の三点に大きく集約されることが確認できる。

   ・高年齢労働者の特性を踏まえること

   ・リスクアセスメントを実施すること

   ・教育・健康管理等の取組を行うこと

 しかしながら、指針の記述は概括的であり、具体的な実施手法については多くが事業者の判断に委ねられている。(詳細は後述)

 なお、指針が公示されるまでに厚生労働省ではパブリックコメントを募っており、そこでの意見の反映状況も表にしているので、これにより意見の反映又は反映させていないこと、反映できなかった背景が理解できる。(指針への反映等については、別ブログ表1、表2を参照)


2 指針から読み取れる特徴

 指針本文を精査すると、特に強調されている概念が二つ存在する。

 一つは、「高年齢者の特性を踏まえること」である。この表現は本文中に10回程度繰り返し登場しており、指針全体の中心概念であることが分かる。

 二つ目は、「リスクアセスメントの実施」であり、こちらは本文中で4回言及されている。

 一方、具体的な実施事項については、リスクアセスメント以外は明確な手法が提示されていないが留意すべき事項として指針では次のような事項が列挙されている。

  • 高年齢労働者の健康および体力の状況の把握
  • 心身両面にわたる健康保持増進措置
  • 安全衛生教育
  • 労働者との協働による取組

 これらはチェックリストを参考とするなどと記載されているものの、実施方法の具体性は乏しい。そのため、実務担当者にとっては「総花的な指針」という印象を与える側面がある。


3 指針に明示されていない論点

指針の最大の特徴は、むしろ記述されていない部分の多さにあるといえる。実務上は、以下の論点を事業者自らが整理する必要がある。

(1)特性をどの程度まで把握するのか

指針は「高年齢者の特性を踏まえる」とするが、その範囲は明確ではない。

例えば、

  • 加齢に伴う共通的な機能低下(典型的な身体的・認知的なもののみでよいか)
  • 男女差(女性の転倒が男性よりも多い傾向がある)
  • 個人差(60歳を超えると機能低下の個人差が発生)
  • 年代差(70歳代になると60歳代よりも個人差が顕著となる)

など、どのレベルまで考慮するかは事業者の判断に委ねられている。

(2)特性をリスクに転換する困難性

 実務上、困難性があるのは、「特性」をリスクアセスメントを実施するための『特定』する作業であろう。

 高年齢労働者が就労しているという事実それ自体をリスク要因として安全衛生対策を今一度整理し直す必要があること。その上で、そのリスクをどのように特定し、どのように低減措置へと結びつけるのか。このプロセスこそが、指針の核心的課題であると考えている。

(3)個人差への対応

 指針では、高年齢者の共通的特性に加え、個人差の考慮が求められている。その背景には、次のような一般的な要因が存在する。

  • 筋力の低下
  • 疲労と回復力の低下
  • メンタルヘルス要因
  • 人間関係などの社会心理的要因

しかし、これらを個別に評価し安全衛生管理へ反映することは、定量化し難いことから曖昧さをリスクに落とし込む手順を踏まえるならば実務上容易ではない。

(4)高年齢者の「強み」への視点

 さらに、指針では主として加齢による機能低下に焦点が当てられているが、実務的には高年齢者のメリット特性にも着目する必要があるとも考えている。

例えば、

  • 無理をしない傾向
  • 周囲との協調性
  • 長年の経験や熟練による補完能力

といった特性は、安全管理上むしろプラスに作用する可能性があるといえる。


4 リスクアセスメントの位置づけ

 指針ではリスクアセスメントの実施が求められているものの、「何をリスクとして評価すべきか」という具体的基準は明確に示されていない。実際には、既存の事例集(エイジアクション等)を参考としながら、各事業場が判断する構造となっている。

 この背景には、近年の安全衛生行政の方向性があると考えられる。すなわち、従来のように統一的な対策を一律に実施する方式から、事業場ごとの実態に応じた自律的な安全衛生管理へと移行している点である。

 本指針では「自律した管理」という表現は用いられていないが、内容からはその思想を読み取ることができる。しかしこの自由度は、実務担当者にとって

  • 対策の裁量が大きい、かつ、曖昧さの具現化が求められる
  • リスクアセスメントの特定が困難

という二面性をもたらしているともいえる。しかしながら、既にリスクアセスメントを実施している事業場においては、既存の評価項目に加齢要因を追加して再検討するだけで足りる場合も多いであろう。具体的には次のような観点である。

  • 取扱重量
  • 連続作業時間
  • 応援体制
  • 照度
  • 床面状況

 ただし、個人差や男女差、さらにはフレイルやロコモティブシンドローム等まで考慮したリスク評価を行うことは、実務上の困難性を増大化するであろう。こうした領域は、むしろ健康経営の取組との連携が有効と考えられよう。

 また、リスクアセスメントを実施する担当者が中年層(50歳代以下)中心である場合、当事者意識が乏しく、実態と乖離したリスク想定やリスクそのものの想定が困難となる可能性もある。これは、筆者がリスクアセスメント研修の講師を務めている時、演習時間に高年齢労働の特性を踏まえたリスクを考慮して低減対策を検討するよう指導したところ、受講生の40歳代と思われる方から、「そのようなことを言われても、経験していないことをどのようなリスクがあるかなんて、わかるわけがないだろう」と意見をいただいたことがあった。確かに実感ない者が、世間的なイメージを持ってしてリスクを特定させようとしたことについて講師として無意識に無理難題を押し付けていたことを反省した経験からの疑問視である。その結果、実務では「他社の好事例を模倣する」という施策につながりかねないおそれがある。これにより効果が期待できる側面もあるが、当事者にとっては大きなお世話とか何のための対策か判然とせず意義が果たされないというコスト上のリスクとなることも想定しておきたいところである。


5 求められる事業者の基本姿勢

 以上を踏まえると、本指針が事業者に求めているのは、単なる高年齢者対策ではなく、個人差を前提とした職場環境の再設計であるとも考えられる。すなわち、年齢や性差という区分に限定せず、あらゆる年代の個人差を踏まえた「働きやすく安全な職場」を目指すことである。

 現段階では、まず以下のような基本的特性に着目してリスクを検討することが現実的な出発点となる。

  • 筋力の低下
  • 疲労の蓄積
  • 判断力などの認知機能

 これらのことは測定機器を用いて数値化することも可能であるが、例えばヒヤリハット報告のように、どのような場面で「疲労度が増したか」、「足、腕の負荷がキツく感じたか」、「判断力が弱ったと感じたか」など日々の仕事の中から特性に関する事項を踏まえた報告(アンケート的要素)を定期的に求め作業場ごとに関係従業員の傾向を把握し連続作業時間、取り扱い物の重量や個数の目安の検討、取り扱い機器の操作盤や計器の見やすさへの配慮、マニュアルの変更等の低減対策を考えるという手法も考えられる。

 また、「無理をさせない」という安全配慮も重要であるが、この点は組織内の心理的安全性と密接に関係している。つまり、

  • 無理な状態であることを申告できる職場風土
  • 年齢に関わらず意見を言える環境

といった組織マネジメントの問題とも不可分であることの認識である。


6 高年齢労働者をリスク要因としてのみ捉えない視点

 高年齢労働者を単に「保護の対象」として位置付けると、福祉的対応との誤認を生じ、結果として高年齢労働者に対するマイナスイメージを生む可能性がある。しかし実際には、高年齢労働者は次のような安全面の強みも有している。

  • 危険予測能力(暗黙知)
  • 手順逸脱への高い感度
  • 回避志向の強さ
  • 衝動的行動の少なさ
  • 若年層への影響力
  • 安全文化の継承

これらの特性を活用すれば、高年齢労働者は安全装置的役割を担う存在として位置付けることも可能である。(この考えについては今後掲載予定のSafetyⅡに関する考察ブログを参照)


7 まとめ

 本指針は一定量あるものの、具体的な実施方法についてはほとんど言及していない。要点は以下の三点に集約される。

  • 高年齢者の特性を意識すること
  • リスクアセスメントを実施すること
  • 教育等の取組を行うこと

 この意味で、本指針は極めて抽象度の高い枠組みを提示したものといえる。もっとも、努力義務規定であるとはいえ、労働災害発生時に安全配慮義務の判断材料として参照される可能性は十分にある。

したがって、事業者としては、単に形式的に対応するのではなく、自社の作業内容や労働者構成を踏まえた実質的な取組を検討する必要が求められている。「自律した管理」とは自由度の高さを意味するが、同時に、自由度が高いほど何をすべきか判断に迷うという側面もある。選択肢が多すぎると、結果として何も実施されないという事態にもつながりかねない。その意味で、今後の実務には、安全衛生スタッフを支える実践マニュアルのような手引き書があってもいい気がする。

(参考) 中年層がリスクアセスメント実施することの困難性

―本当に評価できるのか?―

✔ 40〜50代が70代の体力を想像できるか?
✔ 自分の未来を直視できるか?
✔ 遠慮・忖度なしに評価できるか?

心理学的には、人は自分の衰えを過小評価する傾向があるために結果として、

  • 加齢による危険を軽視
  • 配慮を“甘え”と誤認
  • 経験万能主義

が起こってしまう。つまり技術問題ではなく“認知バイアス問題”でもあるため指針内での教育面の記載に一定の分量が割かれていることがわかる。

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