[はじめに]
化学物質のリスクアセスメントの実施が義務化[i]されましたが、関係事業者での取り組みはいかがでしょうか?これまでの労働基準監督官として長年現場を見てきた者からの感想だと国(厚生労働省・労働局・労働基準監督署)が思うようなリスクアセスメントの実施は困難が伴うと考えています。まず国がリスクアセスメントの実施レベルや実施体制をどのレベルまでの達成を目指しているかよくわからないからです。(ここでは、単にリスクアセスメントを実施していると自認する事業場数の多寡を指しているものではありません。)
これからの自律的な化学物質管理のため対応としては、化学物質管理者の選任[ii]とリスクアセスメントの実施及びその記録があれば法的な対応ができていると考えられそうですが、実務に携わる方ならば当然出てくる疑問として、どのような管理体制・実施体制で行うことが制度の趣旨に沿うものであるかがよくわからないためです。
[さて、現状は]
多分、多くの事業場では化学物質管理者の選任のための講習[iii]を受講させたばかりというところではないでしょうか。受講のカリキュラム[iv]ではSDSの読み方とリスクアセスメントの手法がメインで関係法令の時間は1時間のみであるため改正された関係法令の中身がよくわからない、特に化学物質管理はどこまでの対応が義務付けであり、努力義務や任意措置などがこの講習を受講しただけでは分かりにくい状況となっているおそれがあるからではないでしょうか。つまり、事業者としては何が違反で何が違反でないのかを最初に明確にしておきたいが今一つ具体性に欠ける状況となってしまっているということです。もちろん労働者の健康管理では労働安全衛生法による義務(努力義務も含めて)以外にも労働契約法や民法上の安全配慮義務があることから労働安全衛生法レベルの対応は、あくまでも最低基準であると理解している担当者からすると、法違反として指摘されるような事態だけは避けたい、このためのリスクアセスメントの実施に係る管理体制のイメージを整理しておきたいというところではないかと推測しています。
具体的には、
- 化学物質管理者の位置づけと衛生管理者や安全管理者[v]との関係。そして従来からの作業主任者や職長(班長)との関係。
- そして最も重要な事柄として、一体だれが化学物質のリスクアセスメントを主体的に行うのかということです。
特に(2)については、関係法令や関係指針[vi]では、この点については一切触れられてはいません。触れられていないということの解釈は、法的には、「誰でもよい」=『事業者』が良識的に決める という理解・運用で差し支えないということです。良識的に決めるという表現ももちろんどこにも書かれてはいませんが極端な話、化学物質関連性のない部署の者や新入社員など経験・職制上の権限がないなどの場合は、実効性を期待できないため法の趣旨を理解した上での選任とは認められないからです。
ということは『現場での運用がよくわかっている者がいいよね』、そして『実務と法令の理解、事業場の安全衛生方針や安全衛生目標などを理解している関係部署からの支援や連携ができれば体制として十分だね』として製造部門(製造部など製造工程に直接関わる部署)と衛生管理部門(健康管理室や総務課などの場合が多いようです。)との連携強化。そして組織図などで関係性や連携事項を具体的に図や表による整理ができていれば表面上、体裁作りとしては好事例となるでしょう。
よって、実務は長年、製造工程を把握している製造部門の課長又は係長クラスに化学物質管理責任者講習を受講させ、現在取り扱いしている化学物質を確認するとともにSDSを収集する、そしてデータ化[vii]。多くの事業所はここまでの段取りは決めており、そして実施そのものは準備中である事業場も少なくないと思います。そして実際の化学物質のリスクアセスメントの実施は、厚生労働省推奨のクリエイトシンプルを用いて製造工程上の実際の取り扱い方法、取扱要領を熟知している者(職制名では職長、班長、リーダーなどと呼称される場合もあるでしょう)ということになりますが、おおよその理屈や流れはわかっても、
- 社内の体制作りを『どう構築するか』という問題は誰も教えくくれないのが実態で、それを質問しようにも実際に担当者として業務を進捗させてからでないと出てこない疑問がこれからたくさん出てくることが予想されます。
との思いから、このブログではこれから疑問として沸いてくるであろう管理体制をメインにして実務の点から私見を述べていきたいと思います。
なお、リスクアセスメントの実施はその低減対策を講じるように努めなければならない[viii]とありますが、その低減対策を段階的に検討するに際して考慮すべき事項も触れていければと考えています。(化学物質のリスクアセスメントの実施は、川上(川の流れに例え、製造工程の上流段階のこと)からの実施が基本となるため現場での実施を容易に取り入れていいのかという疑問が生じるためです。)
[i] 施行期日は①SDS通知の方法の柔軟化に関する省令は2022年(令和4年)5月31日 ② 化学物質管理者、保護具着用管理責任者の選任等は2024年(令和6年)4月1日 ③その他多くの省令は2023年(令和5年)4月1日から施行済。詳細は、001093845.pdf (mhlw.go.jp)
[ii] 根拠条文:安衛則 第12条の5
[iii] 労働安全衛生規則第12条の5第3項第二号イの規定に基づき厚生労働大臣 が定める化学物質の管理に関する講習①厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習を修了した者 ②これと同等以上の能力を有すると認められる者 のうちから化学物質管理者を選任し、その者に当該事業場における化学物質の管理に係る技術的事項を管理させなければならない。
[iv] 令和4年9月7日厚生労働省告示第276号
[v] 関係テキストにも明確に記載されているものはないようですが化学物質による火災や爆発は安全管理に属するものとして取り扱いがなされている。(労働安全衛生規則第4条第3号では、化学設備のうち、発熱反応が行われる反応器等異常化学反応又はこれに類する異常な事態により爆発、火災等を生ずるおそれのあるものを設置する事業場であつて、当該事業場の所在地を管轄する都道府県労働局長が指定するものにあつては、当該都道府県労働局長が指定する生産施設の単位について、操業中、常時、法第10条第1項各号の業務のうち安全に係る技術的事項を管理するのに必要な数の安全管理者を選任すること とある。)
[vi] 化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針(平成27年9月18日 危険性又は有害性等に関する指針公示第3号)
[vii] ①本質的安全対策の実施⇒段階的検討 ・危険性・有害性が高い物質の使用の中止⇒・より危険性・有害性が低い物質への代替⇒・使用条件の変更⇒・化学物質等の形状変更 等
②衛生工学的対策の実施⇒検討例 ・機械設備の防爆構造化、安全装置の二重化、着火減の排除、発散減の密閉化、局所排気装置/全体換気装置の設置等
③管理的対策の実施⇒検討例 ・作業手順の改善、作業標準(マニュアル)の整備、定期点検等の整備、教育訓練の実施
④ 個人用保護具の使用
[viii] 労働安全衛生法第57条の3第2項